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やめられない。
2020/04/22
第136位 累計:12 月間:7 週間:2

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「またかよ。」
 
ふわふわと上る煙を見つめていた名無しはその言葉で隣に寝ていた火神を見た。
「起きたの。」
いいじゃないか、タバコくらい。ホテルでの醍醐味なんてベッドの上でこれを吸えるくらいじゃないか。

「起きてたよ。お前がのそのそ動き出すから何すんのかと思えば、またタバコ。」
 
起き上がり、名無しと肩を並べ、彼女のタバコをひょいと取り上げる。ベッドが少し軋んだ。
「いいじゃない。返してよ、まだ火つけたばっかり。」
たくましい彼の腕。さっきまでこの腕の中で乱れていた自分を考える。

「10年前のお前からは想像もつかねえわ。」
 
ため息を吐きながら、それでも渋々返す火神に名無しは静かに息をついた。
「高校生の頃からじゃ、そりゃあ変わるわよ。」
あの頃、あの校舎の中が全てだったあの頃。

授業中に回したノートの切れ端、もう名前も朧気な好きだった人の背中、放課後のグラウンドに響く笑い声ーーー。
 
思い出すだけで胸の奥が焦げるような、少しつんと響く痛み。
これはきっと、もうあの頃には戻れないという寂しさなのだろう。
吸い切ったタバコを灰皿に擦り付け、部屋を見渡した。

ベッドの向こうの机の上には、さっきルームサービスで注文したピラフとカレーの残骸が残されている。
 
「いいよねホテルって。散らかしたままで帰っても怒る人もいないし。どこで吸っても許されるし。」
ここに、どれくらいいたのだろう。確か入った時間は夕方だったか?ラブ ホテルに時計はないから時間が分からない。
「まあな。あー腹減ってきた、またなんか注文するか。」

くぁ、と伸びをし、バスルームへシャワーを浴びに行く彼を見ながら、ああ今日はこのまま泊まるんだろうなとかぼんやり考えていた。
 
まあいい、たまには、こういうところのチープでジャンキーな食事も悪くない。
「私適当に注文しとくね。」
浴室に声をかけると、俺ドライカレー!と声が響いて帰ってきた。メニューも見ず。どれだけ来てるんだ、ここに。

火神と名無しは付き合っていない。
 
それでもたまにこうやって肌を重ねる。
高校卒業後、着々とバスケットボール選手としてプロの道へ進んだ彼は、今や有名人。
きっと女の子なんて数えきれないほど食ってきたのだろう。

注文をして、受話器を置いた。
 
シャワーが終わった彼と入れ違いでお風呂に入る。
お化粧もぼろぼろに落ちており、肩や腕に噛み跡が残っているのを鏡で確認した。
「ねえ、乱暴にするのやめてくれないかなあ。ちょっとは加減してよ。」

ベッドの上でぼんやりとテレビを見ていた火神に文句をこぼしながら、それでもその広く空けてある隣のスペースに潜り込む。
 
「つい、力入っちまうんだよ。でも悪い、気をつけるわ。お前壊しちゃいそうだもんな。」
珍しく素直な反応を少し面白く思いながら名無しはまた、タバコに火をつけようとライターと箱を手にした。
「おい、いい加減にしろよ。」

口にくわえたタバコをとられ、箱に戻された。ああ、あと3本しかない。買いに行かなきゃ等、頭の片隅で思いながら名無しは火神のキスに応じた。
 
あれから10年、色々なことが変わった。昔、恋と呼べるには至らなかったが、密かに憧れていた彼とこんなふうに肌を重ねる日が来るなんて。
高校生の私が知ったらきっと倒れてしまうな、なんて少し自嘲しながらベッドに沈んでいく。
まだまだ長い夜が、ゆっくりとはじまった。




コメント(1)
炭治郎 71日前返信
めちゃくちゃ上手ですね! 思わず世界に引き込まれちゃいました😆
フィオラ
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