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あの、愛し合った日々。
2020/04/30
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「もう俺たち、会わない方がいい。」
 
駅のバスやタクシーの止まるロータリー。タクシーが何台か止まってる。
闇の中、明るい駅に消えて行く人々は少し急ぎ足で。最終列車はもう着いていた。
「急に、…なにそれ。」

抱いたくせに。車の中ではずっと手を握ってたくせに。
 
「…ごめん。いっぱい傷つけた。」
見つめたらキスするくせに。抱きしめてって言ったら、抱きしめるくせに。
「今更じゃない。わたし、なにも、きずついてないよ。」

涙が落ちた。ぼろぼろ、ぼたぼた。頬を伝わないで、膝の上に、スカートにすべり落ちて行く。大粒の涙。
 
「…ごめん。」
「さっき、え っちの途中に、泣いちゃったから?他の女の、クレンジングを捨てようとしたから?」
もうめんどくさいの? その言葉まで言いきれず、かわりに嗚咽で喉が詰まる。

ドアを開けようとしていた手を、膝の上に置いた。
 
電車から降りて、タクシーに乗り込む人が明るい駅からぱらぱらと出てくる。
「…電車、最終の、あと3分だ。」
名無しのスカートにシミを作っていく涙に視線を落としながら、火神はかすれた声でつぶやいた。

「わたしたち、やりなおしたい。」
 
2ヶ月前に、自分からフっておいて。やりなおしたいだなんて。
「ずっとたいががっ、わすれられなかった。」
浮気されて、浮気を許す女にはなるまいと、ぼろぼろの心を隠して、

何か言いかけた火神に微笑んで、別れを告げたあの日。
 
プライドを守ったつもりでいた。
それでも、思いが消えることはなくて。
会えない間にどんどん会いたくなって。

見えない意地に気づかぬふりをして、連絡をとった、数週間前。
 
そこから恋人関係ではないけれど、数日に1回は火神の家で逢瀬を重ねた。
開いたコン ドームの箱や、見たこともないクレンジング、
置いて行った覚えのないピアス。ぜんぶぜんぶ見ないふりをして。

火神はしばらく黙って、視線を前に向けて、それから名無しを見た。
 
俯いていた名無しも顔を上げて、視線がぶつかる。
「……、ごめん、おまえの気持ちには、答えられない。」
名無しの涙は、とまった。

わかっていた。
 
「本当にごめん。連絡も、とるべきじゃなかった。会うべきじゃなかった。
家に、連れて行くべきじゃなかった。…ごめん。」
ああもう、何度ごめんを聞いたのだろう。呪いのようなその言葉を。

「いっぱい、傷つけた。今も。…付き合っていた時も。」
 
ごめん、と最後また、その言葉で締めくくって。
付き合っていた時、なのだ。名無しにとって、現在進行形の想いでも、火神には過去なのだ。
いま、付き合わず関係を持っている他の女に気持ちがあるわけでもない。

ただ、名無しじゃなくなっただけ。他に想っている人がいなくとも。
 
「このまま戻ったって、名無しは俺のことを信用できねえよ、
俺も、そんな名無しに向き合える自信がない。」
じゃあどうして抱いたの、どうして手を繋ぐの、どうして写真や歯ブラシを残していたの

もう、何も言えなかった。
 
最終の電車が発車する音が聞こえた。
「…家まで、送る。」
ギアをパーキングからドライブに変える音を名無しは意識の遠くから聞いていた。




コメント(2)
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火神の気持ちもわかる気がする。 恋はたまにしんどくなる。 この後本当に別れちゃうのかな🙄
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沙羅 61日前返信
またダメになるってわかっていても、恋をしてしまう。切なすぎる😣
フィオラ
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